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サルトリイバラ

サルトリイバラはツル性の落葉低木で、ツルにはトゲがあり知らずに触ると血が出るほど鋭いです。
サルトリイバラは地中深くに根茎があるために、根絶するには何年もかかる厄介な植物です。サルトリイバラはバラの仲間みたいですが、正しくはユリの仲間です。
サルトリイバラと言っても知らない人が多いですが、郷土菓子の「かからん団子」の葉っぱはサルトリイバラの葉っぱです。物を触るなのことを、かごしま弁で「かからん」と言い、トゲのあるサルトリイバラを触るなから「かからん」と昔から教えていました。
サルトリイバラの葉っぱには殺菌効果があり、食材を包む材料として利用され、団子を包んだものが「かからん葉っぱの団子」から「かからん団子」となりました。また、端午の節句に食べて、病気に「かからん」という風習もあるみたいです。
サルトリイバラの葉っぱの代わりにニッケの葉っぱで団子を包むと「けせん団子」となります。
サルトリイバラは秋になると実をつけ、この実が真っ赤で色あせしないため、クリスマスリースや生け花の材料に人気があります。

シャリンバイと大島紬

シャリンバイは枝の分岐が車輪に似ていることからシャリンバイと名付けられました。
先日、お客様とシャリンバイの横を歩いていると、大島紬のことを詳しく話してくれました。
大島紬の特徴の黒褐色の色彩は、泥で染めるだけで出せる色ではなく、シャリンバイ(現地ではテーチ木)の樹皮を煮出すことにより抽出されるタンニンと泥の中の鉄分との化学結合の結果だそうです。
幕末の薩摩藩には膨大の借金があり、調所広郷が行った財政改革、借金踏み倒し、清との密貿易、砂糖の専売制(黒糖地獄)は知られていますが、大島紬のことは知られていません。薩摩藩が奄美諸島を統治するようになり、大島紬が上納品や高値で取引されると、大島紬を強制的に生産させ、現地の人が大島紬を着ること所持することを厳しく禁じました。黒糖地獄と同じです。ある時、薩摩の役人が見回りに来た時、大島紬を秘密に隠し持っていた人が、役人に見つからないように泥の中に隠したそうです。役人が通り過ぎた後に、泥から大島紬を引き上げ洗ってみると重厚感のある色に染まっていました。このことが泥染めの技法に発展したと言われています。
さとうきびと大島紬は、薩摩藩の財政改革、その後の明治維新への原動力となりました。

大エノキにブランコを作りました。

シャクナゲ園に下りるベンチ横のタブの木に二つのブランコがありますが、受付近くの大エノキに新たにブランコを作りました。
子供たちが喜ぶだろうと思って作ったブランコですが、子供以上におばさんたちに人気で、順番待ちの時もあります。
某ご婦人は、ブランコに乗るのは何年ぶりか、いや何十年ぶりと、指折り計算していましたが、計算できないと嘆いていました。
皆様もブランコ乗りに来ませんか。童心に返れますよ。