3月21日に宮城まり子さんが逝去されました。ご存知の通り、宮城まり子さんは、障がいのある子どもたちのために、私財を投じて「ねむの木学園」を創立して、長い間学園を運営されました。凡人の私には、ただ、ただ頭が下がる人でした。
ねむの木は、夜になると葉っぱがいっせいに合わさるように閉じて眠るように見えることから由来しています。この様子は人はみんな一緒だよと思わせます。
ねむの木を漢字で書くと合歓木になります。
指宿スカイラインの樋高展望台に、美智子上皇后が皇太子妃時代に詠まれた歌碑があります。
「薩摩なる喜入の坂を上り来て 合歓の花見し 夏の日想ふ」
東京品川に「ねむの木の庭」という、バラ(プリンセスミチコ)が有名な区立公園があります。ここはもともと、美智子上皇后が育った正田家の邸宅があつたところで、公園の名前の由来は、美智子上皇后が高校生の時作った詩「ねむの木の子守歌」からきています。
その後「ねむの木の子守歌」は曲が作られ、当時の大スターだった吉永小百合さんや梓みちよさんが歌いヒットしました。美智子上皇后は作詞著作権を障碍者支援団体に譲られています。
ねむの木はマメ科に属しています。マメ科の植物は、根に養分を作る根粒菌と共生しており、養分の少ない痩せた土地でも育ちます。痩せた土地に育ちながら、この時期にきれいな花を咲かせるねむの木の花は、人をやさしくさせる力があると想いました。